2016-10-16

SHOT IN THE HEART



きのうのブログに「目の前で手を差し伸べてくれた老人」と書いて思い出した話。

昔、とあるジャズ喫茶の35周年のお祝いに、95歳の大野一雄が踊りにやってきた。

踊るといっても当時の大野はすでに立ち上がることすらできない。背もたれのある椅子に半ば崩れるように腰かけ、息子の大野慶人に身体を支えられながら、かろうじてうごく右手を花のようにひらひらさせるのが、彼の踊りのすべてである。

この夜も、そのようにして、彼は踊った。そのようすを眺めていたら、しばらくして彼と向き合っていた私の顔の前に、その右手がふっと運ばれ、ひらら、ひらら、と一点で震えだした。

と、そのとき音楽が佳境に入った。

美しい目と指とが、さあ一緒に踊りましょう、と私を誘っている。どうしよう。どうしよう。咄嗟の展開にもじもじしていると、彼の右手がますます迫ってきて、もはや恥ずかしがってはいられない状況となった。ここは踊るしかない。とうとう腹をくくった私は、彼の右手を両手で握りしめ、すっと立ち上がった。

が、その瞬間、それまで私を誘っていた彼の側が、ぴたっとうごかなくなった。

はたと気づく。よく考えてみたら、彼は片手で踊ることしかできない身体なのだから、わたしがその片手を握ってしまったら完全に静止するのは当然なのだ。しかしわたしも手を離せない。というか、離れない。つまり、そのくらい勇気をふりしぼって掴んだ手だったわけだ。それで、ぴったりくっついてしまった手を天井に差し向けて、彼とおだやかに見つめあいつつそのまま心中する覚悟でいたら、うしろの席から「離せー」と痺れを切らしたようなものすごいヤジが飛んできて、ふっと、手が、離れた。