しろながすくぢらのやうにゆきずりぬ 夜景
ことばは、うっかりまちがうときと、そうでないときとがあって、そうでないときというのは、ここはまちがえたほうがいいんじゃないかな、と思ってやる。上の拙句もそうですし、
ゆけむりの人らと少しかにばりぬ
もまちがってみました。片や古典だと、いまノートをひらいてぱっと出てきた変なことばが「手もあやに」。むかし調べたことがあるんですが、2例しか見つからなかったので、かなりとっぴな用法だったのではと思います。
手もあやに文箱の深紅かゝやきて 正秀(各務支考『笈日記』)
梅花飛琴上
たをやめのゆの手もあやに薫るめり琴柱(ことぢ)に梅の散りかゝりつゝ
橘千蔭
橘千蔭『うけらが花』の脚注には「手もあやには手の変化さまざまなのを色や模様のいろいろなのに喩えた」とあります。「ゆの手」は絃におく弓手(左手)のこと。梅の散りかかる乙女の指のうごきををうっとりと華やかに詠んで、なんだか泉鏡花っぽい歌です。