2021-09-11

移動式住居の夢





さいきん知り合いになった女性と話をしていたら、彼女のお友達がモバイルハウスに住んでいるのだと言う。車の屋根がソーラーパネルになっていて、ベッドや机やパソコン、小さな冷蔵庫や電気コンロ、換気扇や網戸までついているとのことで聞くだに楽しそうだ。

好きなときに好きな場所に行けるヤドカリハウスの元祖といえば鴨長明『方丈記』に出てくる移動式住居じゃないかなと思う。鴨長明は地面に穴を掘らず、法隆寺みたいに石の上に柱を立てるといった、当時の世間一般とはかけはなれた家に住んでいた。部屋の間取りや調度品について書いた箇所も面白い。

広さはわずか一丈四方、高さは七尺ほどだ。建てる場所をきちんと決めたわけではなく、土台を組み、簡単な屋根を作り、柱や板の継ぎ目は掛け金で留めている。もし、気に入らないことがあったら、簡単によそへ引っ越せるようにという考えから、そのようにしている。家を運んで移動し、行った先で立て直すことに、どれくらいの手数がかかるか。たいしたことはない。運ぶものは、たった車二台で足りる。車の運び賃だけ払えば、他に費用はなにも要らない。

いま、日野山の奥に隠れ住んでからは、東に三尺ほどの庇をつけて、かまどを作り、柴を折って火にくべて使うようにしている。

南には、竹のすのこを敷き、すのこの西側に閼伽棚(仏前用の水や花をおく棚)を作った。

北の方に障子の衝立を隔てて仏間にして、阿弥陀の絵像と普賢菩薩の絵像を掛け、その前には『法華経』を置いている。

東の端には蕨のほとろ(採られないまま伸びたもの)を敷いて、夜に寝る場所としている。

西南には竹の吊り棚を作り、そこに黒い皮籠を三つ置いている。その中には、和歌の本や管絃の本や『往生要集』などの書物を入れている。そのそばには、琴と琵琶を一つずつ、立て掛けている。いわゆる折琴と継ぎ琵琶、つまり組み立て式の琴と琵琶だ。仮の庵の様子は、だいたいこんな感じだ。

方丈の周辺がどんなふうかと言えば、南に懸樋があって、岩槽に水を貯めている。林が近いから、薪にする枝を拾い集めるのに苦労はない。(『方丈記』光文社古典新訳文庫、蜂飼耳訳)

「心なき身」であるはずの僧侶なのに、かつここまでミニマルな住居なのに、歌集や琴や琵琶といった道具が完全装備であるところに性格が現れている。どっぷり「もののあはれ」とたわむれる風流人なのだ。さらに日々の気晴らしについて書いているくだりも素敵だ。彼もそのことを自覚していたらしく『方丈記』のラスト部分では「仏の教えは、何事についても執着を持つなと説く。いま、こうして草庵を愛することも、閑寂に愛着をもつことも仏の教えに背くことかもしれない」と書いた。別著『発心集』には「貧しい男、設計図を描くのが好きだった」というエッセイがあり、これはまわりの人から反故をもらいあつめて家の間取りを描いて楽しむ貧しい男の話なのだけれど、その姿はまんま鴨長明とかぶる。

【おまけ1】方丈庵を解体してみる(
【おまけ2】方丈:移動可能という夢(