2020-03-21

金魚と夢のみそかごと(澤の俳句 12)



外出制限から1週間。今週の外出はこの日の買い物だけ。まだストレスは感じていないけれど、運動の代わりにアパートの階段を昇り降りしている。今日は2往復した(住まいは6階にある)。明日からは4往復するつもり……と書いて、あ、これがストレス的行動なんだ、とたったいま気づく。

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八十歳(はちじふ)のバリトン歌ふ「初恋」夏  𠮷田秀德

これ、簡単にいえば〈八十歳〉と〈初恋〉という派手なギャップを利用した句ということになりますが、にもかかわらず味わいはデリケートです。言葉の流れがなめらかなのでギャップが鼻につかないのでしょう。とりわけ〈バリトン〉という語によって情感の襞をいったん低域に引き込んでからの〈初恋〉が巧みで、涙のような潤いが込み上げています。句の要となる〈夏〉という語も切れ味たっぷりの余韻を醸し、見果てぬこの世の夢を語って尽きることがありません。括弧も効果的。ここまで括弧が機能している句というのも珍しいんじゃないでしょうか。

らんちうの尾鰭は夢の続きにて  おきのきらら

〈らんちうの尾鰭〉というのは自然と装飾とを混ぜ合わせたようで、かすかな奇想の香るところがなるほど夢に似ています。その〈夢〉を〈にて〉と軽く受け流したのがこの句の良さで、ここに夢ならではのしなやかさが現れていると思いました。もともと夢と金魚はイメージの互換性が高いモチーフですが、ソツがなさすぎて退屈になりかねないところを措辞の力で切り抜けたと思います。