2020-03-16

郷に入っては





身につけるものって住む場所によって変わりますよね。たとえ洋服に興味がなくても、パリとタヒチとサンクトペテルブルクで同じ格好をする人は少ないだろうし、洋服が好きならなおのことそうでしょう。土地の空気に敬意を払い、進んでそこに感性を寄せてゆくのが吉という意味で、ファッションは料理とよく似ています。

経験的に言って、ファッションの中で最も使い回しのきかないアイテムは靴です。パリに住んでいたころはジーンズが多かったので、革の厚い老舗のローファーを色違いで揃えて、夏も履いていたのですが、夏のニースでそんなものを履いていたら二度見されてしまいます。コート・ダジュールに立体的な靴は似合わない。断然足を覆わない、もしくは柔らかく平面的な靴がいいんです。イタリア製のレザーサンダルから土産物店のラバーサンダルまで、ぺったんこならさらに風流。ただしわたし自身はぺったんこの靴が苦手で、最初こそ粋がってキオスクで買ったスポンジ草履で海辺を闊歩していたのですが、足の裏が痛いのでミドルミュールのサンダルに移行してしまいました。

トゥールーズ(ミディ・ピレネー)は、これといって驚きのない、雑誌から出てきたような装いが多いんです。ファッションにおいてローカリティがないというのは往々にして欠点だったりしますが、わたしは「あ、この町はこうなんだな」と思うだけです。バラ色の煉瓦に挟まれた裏通りを歩くには、ルイヒールのサンダルあたりが気分を上げてくれそう(ルイ14世は、フランス人の弁によれば、それまで実用品だったヒール靴を初めてファッションとして履いた人)です。

ル・アーヴル(北ノルマンディー)はどうかというと、あそこは絶対に黒のゴム長靴でなきゃいけません。はい。ル・アーヴルに住み出してすぐ近所のスーパーに行ったんですね。すると海鮮売り場の、氷の上にどさりと盛られた鰯のすぐ横になぜか家庭用ハンガーラックが置いてあり、トレンチコートとゴム長靴がずらりと掛かっていた。で、これなんなの?と思ったら売り物でした。生魚の匂いがうっすらとするトレンチコートは興奮します。あとあそこはエーグル愛好率がやたら高い。わたしも当地に住むまでは「エーグル? ダサいよ」なんて思っていたクチですが、潮の荒々しい港町で身につけるそれはーーはい、本来エーグルは農作業用です。しかしながらーー渋くて最高なのでした。そんなわけでわたしもエーグル派に改宗し、乗馬型の長いラバーブーツと短いレザーブーツを履き、ニースに来てからも雨の日に使用しています。