2016-11-10

手紙と火



ほどけゆく手紙の中の焚火かな  西原天気

炎の中で手紙が燃えているはずなのに、まるでほどけてゆく手紙の内側から炎が生まれてくるかのよう  紙が燃えるときって、そんなふしぎなゆらめきを感じますよね。トリュフォーの『華氏451』も、本のゆらめき燃えるシーンがとても印象的でした。さらに言うと、焚書の「焚」が焚火でもつかわれる字だということが、この句の光景にささやかな陰影を与えている予感も。

ともあれ、手紙から立ち上るものがその手紙を焼きつくす炎だという状況は本当にせつない。この句を読むたび思い出すのはきのう紹介した小池純代さんの連作「手紙について」に入っているこんな歌。

反故やいな乾ききりたる約束の束なれば火をとほざけて讀む
小池純代

もはや瑞々しい記憶を失ってしまった手紙。なんの匂いもなくなってしまった手紙。自らを一瞬で火だるまにすらできる手紙。そんな怖ろしい光景をぜったいに見ずにすむよう、過去の手紙は細心の注意を払って手にしなくてはいけない。とくに物思いの秋は。