ねのいらぬ恋路は苔のさまなれやかはらぬ色とみえてつめたい
田谷飛鳶世界ぢゆう雨降りしきる苔の恋
西原天気
苔と恋とを重ねる折にしばしば陥りがちの「苔のむすまで君を想う」的な重苦しさとは無縁の2作。上は苔のひんやりとした感触から、たわむれの恋のつれなさを連想した狂歌。結句の〈つめたい〉という語調がいいですね。下はとてつもなく宇宙交響楽的な俳句。この方は滞空時間の長い句が本当に多いです。ものの本によると苔の祖先は水中の緑藻類なのだそうで、それをを想うとさらに浮遊感覚が極まるのでした。
それから、恋という字は出てこないのに恋の気分になる佐藤佐太郎の苔歌。凛としているがゆえに、美人を眺める気分になるようです。
ひと色のしづけき青をたたへたる苔おほどかに庭をうづめぬ
佐藤佐太郎