2016-08-16

抱き合う男とその発句





あらかた花が散ってしまい、これといって見るところのなくなった樹木がいっそう心に響くように、螢はお盆を過ぎた頃がむしろ好ましい。もう終わっちゃったのかな、とか、ほとんど光らないね、などと話しながら、閑散とした空間を人とほっつき歩くときに覚える、宙ぶらりんな状況のそこはかとない愉悦。

螢といえば芭蕉と蕪村をモチーフにした石井辰彦「We Two Boys Together Clinging」は忘れられない作品のひとつ。これは20首からなる短歌の最初の音を綴ってゆくと

艸の葉を落るより飛蛍哉  芭蕉

といった発句と作者名が現れ、また最後の音をうしろから綴ると

狩衣の袖のうら這ふほたる哉  蕪村

といった発句と作者名が現れるよう構成された連作で、歌い出しはこんな風。

暮れ泥む裏庭は荒れ----。               遊君が焼き棄つる(間夫からの)返信
刺し違へ・死にし二人の若武者の、恋     とは(若しや、江戸趣味の?)嘘
野に(燃ゆる)虫、海に(血の色の)蟹、と  変じて(今宵)死者たち荒ぶ

遊君は「たはれめ」とルビ。またこの作品には俳句や蛍といったモチーフもきっちり仕込まれており、

翁びし友かも。----句会三昧で(此の中)暮らし、と      言ひ、脂下がる
懐かしむ前世          ふたりの若者の契。蛍は、つ、と、相寄りぬ

など、様式美もかくやといった歌がずらりと並んでいる。

石井には四句と結句の間に強いひねりのある句跨りを放り込むといった塚本邦雄系譜の決め技があり、読んでいると膝のこなれた演武を眺めているような印象を受けるのは「We Two Boys Together Clinging」も同じ。さらに内容は伏せるが、本作にはたいへん洒落たオチが用意されていて、鮮やかな掌編的情感もある。

わたしは石井の歌集を2冊しか持っていないけれど、今もって読み尽くした感がない。どんな風につくられているのだろう?と模型の細部にじっと目を凝らすようにしてする読書はとても愉しい。上下逆さまにしがみつきあう二人の男とその発句。石井辰彦の詠む恋愛はすべて男同士のそれだが、BL流行りの昨今もうすこし騒がれてもいいのに、とたまに思う。おそらく内容に「実」がありすぎるために、そうはならないのだろう。

びしよ濡れの心美童の髪を切る鋏渡りて我が夜の汽車  石井辰彦