手にならす夏の扇とおもへどもただ秋風の栖(すみか)なりけり 藤原良経
この歌はぴしりと決まっている。それでいて、そのぴしりという音が鳴り止んだ時には、既にして一切が変質し終えているであろう脆さを孕んでいる。
あの夏の数かぎりなきそしてまたたつたひとつの表情をせよ 小野茂樹
瞬間を焼き付けたかのようにみえるこの歌も、その背後には、屹立を本質的に否認する和歌の伝統が陽炎のようにゆらめいている。このことは掲歌を含む歌集のタイトルが『羊雲離散』である点からも伺い知ることができるだろう。秋の象徴である羊雲が引き裂かれ、四散し、一切がちりぢりとなるに通ずる心象こそ、 この歌に隠された本当のモチーフだ。