2016-09-05

謎彦とメカゲーテ



謎彦の短歌を見て、連句風翻案を見て、さあ俳句について書こう、と思っていたのだが、やっぱり川柳を経由することに。

とはいえわたしは川柳を寸評するための語彙に疎いゆえ、1997年発表の「小組曲」より、気に入った句を抄出するにとどめたい。

フランスが実在するとは限らない
奥さまは魔女、てつがくは電磁石
パソコンを開けてしばらく蛾のやうに
リカちやんをさらに脱がせて肝移植
UFOが濡れていたつてよいではないか
病める日も方位磁針と斬りあひを
イカロスの位牌ひとつを友にして
ゆるされてイスカンダルを撃ち墜とす

うーん。20代半ばにして、これだけいろんな系統の作風を押さえている(しかもさらっと自作できる)なんて、この人はどれだけ本を読んでいるんだ? しかも単に面白いのではなく、いずれの句にも川柳らしさがみっちりつまっている。怖ろしいことよ。とりわけ気に入ったのが次の句。

ひややかに踊るゲーテとメカゲーテ
残響がここで背面跳びをする
成長を終了します [OK][キャンセル]

最初の句、「ゲーテ」という固有名がうまく効いているせいで、むずむずするような不条理感がある。この句を知ってからというもの「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」の「ギョエテ」がメカにしか思えなくなった。ギョエテはゲーテよりずっと強そうだし。

次の句は「残響」という、実体のない、ただ消えてゆくばかりのものに、無理やりもうひとふんばりさせちゃうところが笑える。この〈絶対に不要と思われるひとひねり〉は川柳の醍醐味のひとつ。しかもこの句は文字どおり身体をひねっている光景なのであった。

で、最後の句だが、柳本々々から川柳を教えてもらい、「川柳スープレックス」でそれに親しみ、さらに川合大祐『スロー・リバー』を先日読んだばかりの自分としては、こういうあっけらかんとした闇を感じさせる作風がすごく落ち着くんですよ。家に帰ってきたみたいに。

つまりですね、これら三つの句から感じるのは、SF、背面技、暗黒の三つが、川柳におけるわがふるさとなのかもしれない、ということ。漠然とですが、そのように。はい。